2020年04月20日公開
2020年04月20日更新
M&Aでの独占禁止法上のリスクとは?事前届出制度、事例も紹介
M&Aの規模によっては独占禁止法の規制に当てはまり、M&Aの延期や中止となる場合があります。本記事では、M&Aにおける独占禁止法のリスクや規制の条件、規制内容などについて解説します。また、過去に規制を受けた企業の事例もあわせて紹介します。
目次
1. M&Aでの独占禁止法
一定規模以上のM&Aを行う際は、独占禁止法の規制条件に該当していないかを事前に確認することが必要です。
もし該当していた場合、M&Aの延期や問題点の修正が必要になり、最悪の場合はM&Aの中止しなければならなくなります。
この記事では、M&Aを行ううえでの独占禁止法上のリスクや事前届出制度について解説しますが、まずはM&Aと独占禁止法の意味を説明します。
M&Aとは
M&Aとは、自社の経営資源だけでは解決が難しい課題の解決を図るため、合併・買収・提携といった方法を用いることを指します。
現在は、中小企業でも用いられることが多くなったM&Aですが、かつては主に大企業や中堅企業が経営戦略のひとつとして用いられるものでした。
M&Aは短期間で飛躍的な事業拡大を望める一方で、大企業同士がM&Aを行うことで業界での影響力が強くなりすぎてしまい、他社の自由な経済活動を阻害する可能性もあります。そのような事態を防ぐため、独占禁止法によってM&Aを管理する必要があります。
独占禁止法とは
独占禁止法は、事業者や事業団体が公正で自由な事業活動を行うことで健全な経済活動を促し、消費者が不利益を被らないようにすることを目的としています。
公正取引委員会は独占禁止法の行政機関として、事業者や事業団体が私的独占や不当な取引制限を、公共の利益に反して行わないよう管理しています。
私的独占とは、市場で大きな影響力を持った事業者や事業団体が、ほかの事業者に対して市場での活動を制限したり、市場に実質参加できなくしたりすることです。
また、不当な取引制限とは、事業者同士が共同で市場活動を制限するような戦略をとる、カルテルのことを指します。
2. M&Aでの独占禁止法上のリスクとは
実行しようとするM&Aが独占禁止法に当てはまった場合、当該企業はM&A実施の延期・M&Aスキームの変更・M&Aの中止などのリスクを負います。
これらのリスクを回避するために、当該企業は公正取引委員会から指摘される前に、相談を行うことが可能です。
M&Aによって、独占禁止法の抵触リスクがある主なケースには以下のとおりです。M&Aを実施することで不公正な取引が可能となる場合は、独占禁止法に抵触するとみなされて、公正取引委員会による審査が入ります。
【独占禁止法の抵触リスクがある主なケース】
- 不当な価格での販売
- 抱き合わせ販売
- 競合他社と取引しないことを条件とした取引
- メーカーなどが販売会社に対して価格を強制する取引
- 取引上優位な地位を利用した不当な要請
3. M&Aでの独占禁止法の規制範囲とは
当該企業が、株式取得・役員兼任・合併・共同株式移転・共同新設分割・吸収分割・事業譲受を行う際、M&Aにおける独占禁止法の規制範囲条件に当てはまる場合は、公正取引委員会へ事前届出が必要です。
規制範囲には実体規制と届出規制があり、実体規制が適用された場合はM&Aの問題点修正やM&Aの中止が言い渡される可能性があります。
ただし、このような事態を回避するため、当該企業は公正取引委員会に対して事前相談することが可能です。
事前相談をすることによって、事前届出に関する公正取引委員会の考えを知ることができるので、実体規制に当てはまらないよう事前届出の内容を修正することができます。事前相談の回答が得られるまでには2週間から1ヶ月程度を要するので、早めの相談が必要です。
4. M&Aでの独占禁止法は2つの規制に注目
M&Aにおける独占禁止法には、実体規制と届出規制の2種類の規制が存在します。ここでは、それぞれの規制について解説します。
M&Aの際に独占禁止法による規制
M&Aによって以下ののケースが起こりうる場合は、独占禁止法に基づいて公正取引委員会による実体規制が行われる可能性があります。
- 不当な価格での販売
- 抱き合わせ販売
- 競合他社と取引しないことを条件とした取引
- メーカーなどが販売会社に対して価格を強制する取引
- 取引上優位な地位を利用した不当な要請
実体規制はまだM&Aが完了する前に行われることから、公正取引委員会はさまざまな調査・分析と当該企業からの訴えなどを勘案し、M&A後に上記のような不当取引が生じる可能性が高いと判断した場合にのみ規制されます。
M&Aの際の届出規制とは
前述と同様、M&Aの際に株式取得・役員兼任・合併・共同株式移転・共同新設分割・吸収分割・事業譲受の規制条件に当てはまる場合、当該企業は公正取引委員会に対して事前届出を行わなければなりません。
事前届出ではそれぞれ以下の書類が必要です。
【株式取得】
- 株式取得に関する計画届出書
- 株式取得に関する契約書の写し
- 当該企業の直近の事業報告、貸借対照表、損益計算書
- 株主総会議事録の写しなど
- 当該企業の有価証券報告書など
【合併】
- 合併に関する計画届出書
- 当該企業の定款
- 合併契約書の写し
- 当該企業の直近の事業報告、貸借対照表、損益計算書
- 議決権の100分の1を超えている株主の名簿
- 株主総会議事録の写しなど
- 当該企業の有価証券報告書など
【会社分割】
- 会社分割に関する計画届出書
- 当該企業の定款
- 分割計画書または分割契約書の写し
- 当該企業の直近の事業報告、貸借対照表、損益計算書
- 議決権の100分の1を超えている株主の名簿
- 株主総会議事録の写しなど
- 当該企業の有価証券報告書など
【共同株式移転】
- 共同株式移転に関する計画届出書
- 当該企業の定款
- 共同株式移転計画書または共同株式移転契約書の写し
- 当該企業の直近の事業報告、貸借対照表、損益計算書
- 議決権の100分の1を超えている株主の名簿
- 株主総会議事録の写しなど
- 当該企業の有価証券報告書など
【事業譲受】
- 事業等の譲受けに関する計画届出書
- 当該企業の定款
- 最終契約書の写し
- 当該企業の直近の事業報告、貸借対照表、損益計算書
- 議決権の100分の1を超えている株主の名簿
- 株主総会議事録の写しなど
- 当該企業の有価証券報告書など
5. M&Aに関わる独占禁止法を回避する事前届出
独占禁止法による規制を回避するには、事前届出によってM&Aに問題がないことを認めてもらわなければなりません。ここでは、事前届出の内容について解説します。
事前届出とは
前述のように、当該企業が株式取得、役員兼任、合併、共同株式移転、共同新設分割、吸収分割、事業譲受を行う際に、M&Aにおける独占禁止法の規制範囲に当てはまる場合は、公正取引委員会へ事前届出が必要です。
事前届出は上記の企業結合を開始する30日前までに行うことが義務付けられており、企業結合によって特定の取引分野の競争を実質的に阻害することになる場合は、公正取引委員会がによって企業結合が禁止されます。
ただし、該当する問題点の事前解決が可能である場合には、企業結合が承認されます。
公正取引委員会の株式取得の届出制度
株式取得を例に解説すると、当該企業が株式取得の事前届出を行った日から30日間は株式取得を実行できません。
ただし、公正取引委員会が認めた場合は、株式取得の禁止期間を短縮することが可能です。
禁止期間の短縮が認められるのは、あきらかに独占禁止法上問題がない場合や、当該企業が禁止期間の短縮を申し出て認められた場合です。
審査対象となるのは
M&Aにおいて独占禁止法の審査対象となるのは、以下の条件に当てはまる場合です。
【株式取得】
- グループ全体の国内売上高が200億円を超えている企業が、グループ全体で国内売上高が50億円を超えている企業を買収し、議決権が20%または50%を超える場合
【合併】
- グループ全体の国内売上高が200億円を超えている企業と、グループ全体の国内売上高が50億円を超えている企業が合併する場合
【共同株式移転】
- グループ全体の国内売上高が200億円を超えている企業と、グループ全体の国内売上高が50億円を超えている企業が共同株式移転を行う場合
【共同新設分割】
- グループ全体の国内売上高が200億円を超えている企業と、グループ全体の国内売上高が50億円を超えている企業が新設会社にすべての事業を移す場合など
【吸収分割】
- グループ全体の国内売上高が200億円を超えている企業が、グループ全体の国内売上高が50億円を超えている企業にすべての事業を移す場合など
【事業譲受】
- グループ全体の国内売上高が200億円を超えている企業が、グループ全体の国内売上高が30億円を超えている企業から全事業を譲受する場合
- グループ全体の国内売上高が200億円を超えている企業が、グループ全体の国内売上高が30億円を超えている企業から主要事業や主要資産を譲受する場合
審査基準
審査基準は、以下の条件について検討を行い、一定の取引分野において競争を実質的に阻害するかどうかを基準に判断されます。
【審査基準】
- 輸入についての検討
- 参入についての検討
- 隣接市場からの競争圧力の有無を検討
- 総合的な事業能力についての検討
- 当事会社グループの経営状況
審査は一次審査と二次審査に分けて行われ、一次審査には1ヶ月、二次審査には数ヶ月から1年程度を要します。
二時審査まで行くケースは少なく、そこからさらにM&Aの中断まで行くケースはこれまで数えるほどしかありません。
6. M&Aでの独占禁止法の事例
平成10年度以降で、公正取引委員会によって問題点を指摘され、M&Aを中断したケースは以下の8例です。ここでは、そのなかから3つの事例を紹介します。
平成11年度 | ・A社とB社によるX事業の統合 ・C社とD社の合併 |
平成12年度 | ・A社によるB社の株式取得 ・日本フエルト株式会社、市川毛織株式会社及び日本フイルコン株式会社の統合 |
平成16年度 | ・東海カーボン株式会社及び三菱化学株式会社のカーボンブラック事業の統合 ・PSジャパン株式会社及び大日本インキ化学工業株式会社のポリスチレン事業 の統合 |
平成22年度 | ビーエイチピー・ビリトン・ピーエルシー及びビーエイチピー・ビリトン・ リミテッド並びにリオ・ティント・ピーエルシー及びリオ・ティント・ リミテッドによる鉄鉱石の生産ジョイントベンチャーの設立 |
平成28年度 | ラム・リサーチ・コーポレーションとケーエルエー・テンコール・ コーポレーションの統合 |
1.A社とB社によるX事業の統合
X製品でトップシェアのA社と業界3位のB社は、共同出資会社の設立により製品の研究開発と製造を行う計画でした。
しかし、両社のシェアを合わせると5割を超えることから、公正取引委員会は公正な競争を阻害する恐れがあると判断し、問題点を指摘しています。その結果、両社はM&Aの中断を決定しました。
2.A社によるB社の株式取得
X製品でトップシェアのA社は、業界4位のB社をM&Aにより子会社化する計画でした。しかし、両社の製品には統合によってシェアが4割を超えるものが複数あり、中には7割を超える製品もあることがわかりました。
そのため、公正取引委員会は問題点の指摘をしています。その結果、両社はM&Aの実施を中断しました。
3.ラム・リサーチ・コーポレーションとケーエルエー・テンコール・コーポレーションの統合
半導体製造装置を販売するラム・リサーチ・コーポレーション(以下ラム社)の子会社と半導体検査装置を販売するケーエルエー・テンコール・コーポレーション(以下ケーエルエー社)は、合併と株式譲渡を行う計画でした。
本案件では、ケーエルエー社がラム社の競合他社に検査装置を供給しない恐れがあったため、ラム社とケーエルエー社に伝えたところ、問題解消措置を探るとの回答がありました。
しかし、公正取引委員会は本案件の問題解消は困難と判断したため、ラム社とケーエルエー社はM&Aの計画を中断しています。
7. 海外M&Aでの注意したい独占禁止法
日本でいうところの独占禁止法は、一般的に「競争法」と呼ばれ、世界各国で導入されています。ここでは、以下の国の独占禁止法について紹介します。
- アメリカにおける独占禁止法
- EUにおける独占禁止法
- 中国における独占禁止法
アメリカにおける独占禁止法
アメリカの独占禁止法にあたる法律は「反トラスト法」と呼ばれています。反トラスト法は複数の法律の総称であり、その中で主な法律は以下の3つです。
- シャーマン法
- クレイトン法
- 連邦取引委員会法
さらにアメリカでは、それぞれの州が独自の反トラスト州法を制定している点に注意が必要です。M&Aに関する規制はクレイトン法によって定められています。
年間売上高または総資産が1億8000万ドル以上の企業が1800万ドル以上の企業とM&Aを行った結果、買い手が9000万ドルを超える株式や資産を取得する場合、事前届出義務が発生します。
また、上記基準にかかわらず、3億5990万ドルを超えるM&Aの場合も届出が必要になります。
EUにおける独占禁止法
EUにおけるM&Aの規制は、理事会規則139/2004号で規制されています。以下に該当する場合は、事前に欧州委員会への届出が必要です。
- M&Aを行う企業の全世界での売上高の合計が50億ユーロを超えている場合
- M&Aを行う企業の少なくとも2社が、EU圏内での売上高がそれぞれ2億5000万ユーロを超えている場合
- 当該企業のどちらもEU圏内での売上高のうち3分の2を超える額を同一加盟国内で取得していない場合
また、これらの基準に該当していない場合でも、規制の対象となるケースが存在するので注意が必要です。
中国における独占禁止法
中国における独占禁止法は「中華人民共和国独占禁止法」と呼ばれています。M&Aが以下の基準に当てはまる場合は、国務院独占禁止法執行機関に事前届出を行わなければなりません。
- M&Aを行う企業の企業直近会計年度における全世界の売上高合計が100億元を超え、そのうち2社以上の直近会計年度における中国国内での売上高がそれぞれ4億元を超える場合
- M&Aを行う企業の直近会計年度における中国国内での売上高の合計が20億元を超え、そのうち2社以上の直近会計年度における中国国内での売上高がそれぞれ4億元を超える場合
8. M&Aに関わる独占禁止法の相談先
本記事でご紹介してきたように、独占禁止法を考慮しながらM&Aを実施するには企業法務に関する専門的な知識と経験が必要です。そのため、企業法務に精通した弁護士のサポートが欠かせません。
M&A総合研究所では、企業法務に精通したM&A専門の弁護士がサポートするので、法務面のスムーズな課題解決が可能です。
また、M&A専門の会計士も共にサポートを行うので、会計面も安心してお任せいただけます。
M&A総合研究所では無料相談を随時受け付けておりますので、M&Aの法務・会計にご不明な点がある場合は、お気軽にご相談ください。
9. まとめ
本記事では、M&Aにおける独占禁止法について解説しました。計画しているM&Aが独占禁止法に当てはまる場合、当該企業はM&A実施の延期・M&Aスキームの変更・M&Aの中止のリスクが伴います。
【独占禁止法の規制範囲に当てはまる可能性があるM&A】
- 株式取得
- 役員兼任
- 合併
- 共同株式移転
- 共同新設分割
- 吸収分割
- 事業譲受
【公正取引委員会が独占禁止法に当てはまるかを判断する内容】
- 輸入についての検討
- 参入についての検討
- 隣接市場からの競争圧力の有無を検討
- 総合的な事業能力についての検討
- 当事会社グループの経営状況